日本列島を駆け抜けた低気圧は太平洋に達すると急速に発達し、関東地方にも猛烈な風を齎す。
いつもの本流には見切りを付け、風裏となりそうなある山上湖を目指した。
標高1269m。ここは自然湖としては日本一標高の高い位置にあり、最大水深は163mもある。また、古くは山岳信仰の地でもあり修験者達が熱心に訪れたと言うが、現在では欧米諸国の外交官によって放流された数々の外来鱒がすっかり定着し、関東屈指いや日本有数の “ フライフィッシングの聖地 ” ともなり、自身も何時かはここでこの釣りをして見たいという願望を抱いていた。
ここ訪れるのは20年ぶり、釣り目的となると凡そ30年ぶりにまで遡るのだが、以外にも道路整備が進んだ程度で良くある一大リゾート地の様な雰囲気はあまり感じられず当時の感傷に浸っていた。
ところが、ここでも風は強く、下界と全く変わらない10mの暴風が吹き荒れ、7℃の外気温では体感温度として氷点下となる。そして僅かでも二荒山の風裏になると想定していたが、考えは甘かった。あまりにもこの地を知らな過ぎる。未だ桜咲くここでは春と冬が表裏一体にある。
ここは有名な観光地でもあるが、そんな地に見られる湖を車で一周する道路は無い。何やら同じ箇所を行き来きしながら釣り可能な場所を探し周り、微かに風裏となりそうな一箇所の窪地に入り込もうと道路脇の小さな空き地に車を留める。周囲に生い茂る岳樺や熊笹、そしてアカゲラやヒガラの鳴き声は標高の高さが伺い知れ、昔の人々より言い伝えられる山神の気配を感じ、崇高な気持ちになる。
そして水辺に降り立つと幼少の頃にここで釣りをした微かな記憶がまた蘇って来る。大きく尖った石がゴロゴロと足元に転がっている。 「 そうか、そういえばここは足場が悪かった。 」 普段河ばかりに行っているとこんな事が新鮮に感じられる。こういった石は流れを伴う本流では有り得ない。
こんな他愛も無い事には満足感があったが、釣りとなるとそうは行かない。風は右から吹きテイリングやアンカー切れが続発する。何とか風と格闘しながら左のキャストで釣りを開始したが、1時間も経過しない内に憎らしい風はその向きをやや西へと変え、斜め正面から水飛沫と共に吹き付けた。左でもキャストが容易な事で選択した12.6ftの6番ロッドでは到底太刀打ち出来ない。せめてLT-speyに合うラインがあれば ・ ・ ・ 。いや、それでもこの風に立ち向かう事は不可能だっただろう。
「 クソッ、やはりあそこに行くしか方法が無いか。」 遥か対岸に見える湾の中は波も無く穏やかになっている。しかし、車止めから一時間とか2時間歩く等という話を耳にしていたが、この方法で湖の釣りは略初めて、更に止水での 「 飛 翠 」 、これも練習程度の経験しか無い。これらを考えるとロッドやラインのバランスを把握しておらず、万一、一時間も歩いて行った場所で持ち合わせた道具ではキャスト出来ないといった事態に陥ると ・ ・ ・ 。
こんな不安が払拭出来ず、この行為は避けたかった。
つづく。