遅くなった昼の休憩、煙草の煙が南よりの風に吹かれると、さっと流れて消える。気温は18℃程に達し暑くも無ければ寒くも無い丁度いい過ごし易い季節になっている。
さて、この後は何処に移動しようか。こんな事を考えていると眠気に襲われ一旦は横になってしまったが、ここは奮起して兎に角車を走らせる事にした。
何と無しに車を走らせていると車窓から気になる風景が飛び込んで来た。昨年に友人2人と訪れた中州だ。あの場所はどうなっているのだろうかという好奇心に駆られると気の向くままにその場に向っていた。
広大な河川敷を細い畦道から方向感覚のみで河原に辿り着くと以前の景色とは一変している箇所がある。
「 何だ、これは。」 以前ではすり鉢状になっていた崖下を流れていた分流は直ぐ足元を流れている。一瞬、台風の影響で大量の土砂が流されたのかと思いきや、良く周りを見渡すと明らかに重機で抉り取られている。それにしても物凄い量の土砂だ。巨大ダンプカー数千台、いや数万台分に相当するだろうか。全く想像が付かないが、昨年では埋め立てたばかりの様に見えたのに対し、今度は一転、掘り起こしている。これは一体何をしているのだろうか、素人判断では全く理解に苦しむ。
この場は諦め再び一般道から下流を目指す。途中一箇所程土手上から覗いた箇所があったがこの辺りでは対岸が良さそうに見える。やはりあそこしかない。
時刻は午後2時頃だっただろうか。またここにやって来たが、やはり誰もいない。その上、広大な流れ、その先に浮ぶ針葉樹は、まるで北欧にでもやって来た様な気分に浸れ実に心地いいが、川の水位は依然として低い数値を示し透明度も高いのが気掛かりで、更に天候が良過ぎて風は逆風、これでは釣れないだろうと考えていると睡魔に見舞われ、そのまま車のシートを倒して30 ~40分浅い眠りに入ってしまった。
「 春眠暁を覚えず。」 どうもこの頃は疲れが蓄積しているのか、はたまた陽気の為なのかやたら眠くてしょうがない。思えば休日の朝を騒々しく鳴る目覚まし時計に飛び起こされる事も無く、思う存分、好きなだけ寝て迎えたという事が無くなってから一体どの位経つのだろう。そんな朝の目覚めがふと恋しくなってしまう。
下流から吹き上げるやや強い風はそのままだが、太陽は少し西へと傾き始めており、些かそれらしい雰囲気になりつつはあった。ここ右岸では左からのキャストとなるので、少し力のあるGreased Lineの14ftを取り出し、ラインは再びフルシンクを選択していた。
手前の流れを横切り、下流にある落ち込みの下から探って行く。前回ここを探った時はシンクティップのラインであった為、幾らも沈んではいなかったが今回は更に深く沈んでいる。表層を突破し、独特の感触からラインが深層に突入したのが感じられるとやや根掛かり気味になっているので、予想以上に浅い事が判った。
ここでの水温は思いの外高く12.5℃程あるのだが、この水深この季節を考えるとまだこういった場所に魚が定位するのは早い。午前中にぽつぽつと羽化していた蜻蛉もこの風のせいか全く見られなくなってしまった。そして小魚達の姿もまだ見られない。盛期の訪れはやはりはあの魚、そう稚鮎の遡上が始まってこそ食物連鎖の回転数が頂点に達する時だ。
少し下って行くと流れが緩やかとなり川幅も狭くなるとシンクラインのターンもずっと遅くなり、更に深層へと吸い込まれて行く感触がロッドからも伝わる。いよいよここでの核心部に到達した。
如何にも怪しい流れをしている。こんな場所に何かが潜んでいない筈は無い。心の中でこう呟いているとゴーゴーという風の音によって我に返る。五感を研ぎ澄ましラインからの感触に集中しながらも時折、何処かにライズやモジリでも無いかと辺りを見回しているが何の気配も見られない。勿論、ラインからも何の生命反応も感じられず、ただ風に吹かれてはなびいているだけだった。
やがて、そのままずっと下って行くと足元は砂地へと変わって流れも淀み始めた。やはり駄目だ。何時もの様に何も起こらないが考えて見れば当然だ。
正にこれは 夢ある天下の大博打。本番もこれからだ。